飴がなめたい

朝 親父の部屋に行き 冬服を選ぶ
どうしてもちゃんとした服を着て 築地に行きたいらしい
ずっと車で 降りれば車椅子だというのに


適当に選んで持っていったら
「これは死んだトシオのズボンだ」 と言って怒った
トシオ叔父さんは30年以上前に死んだ父の弟だ
おしゃれで遊び人で賭け事が好きだった
その叔父さんのズボンはさすがに仕立てがいい 虫にも食われていない
が 渋々はいてジャケットを着て築地に向かった
運転席で煙草が吸えないので 飴を密かに口に入れた
次の信号で止まると メモを後部座席から差し出した
「飴がなめたい」
そういえばもう何ヶ月も口から物を摂取していないんだなあ と思った
「一粒だよ 溶けるまで噛んじゃだめだからね」


父は窓外の無駄に高いビルを見上げながら ピチャピチャと ゆっくりなめていた